株探トップインタビュー

【タイトル】

─モルガン・スタンレー仕様の「MS SOR注文」と「アルゴ注文」が変える個人投資家の取引環境─

 百戦錬磨のプロのトレーダーと個人投資家が参加している現在の株式市場。プロと個人の間には条件面で大きな差があり、最も顕著なのは、取引システムの環境面だ。プロのトレーダーたちが最先端ツールを駆使した自動売買を利用する一方、個人では限界がある。だが、そんな状況も転機を迎えるかもしれない。ネット証券大手、三菱UFJ eスマート証券(旧・auカブコム証券)が、世界的な金融機関であるモルガン・スタンレーMUFG証券(以下「モルガン・スタンレー」)で実際に使用されている“プロ仕様”の自動売買ツールを個人投資家に提供するサービスを始めたからだ。本インタビューでは、このサービスを立ち上げた同社の豊田智洋取締役にその狙いを聞いた。(構成・「株探」編集部)

豊田智洋氏(三菱UFJ eスマート証券 取締役専務執行役員)

豊田智洋氏(三菱UFJ eスマート証券 取締役専務執行役員)

モルガン・スタンレーの最先端システムを採用した背景

──2025年3月から、モルガン・スタンレーの自動売買システム、「MS SOR(モルガン・スタンレー・スマート・オーダー・ルーティング)注文」と「アルゴ注文」を日本で初めて個人投資家向けに提供するサービスを開始したとのことですが、まず、その背景と狙いについてお話しください。

 このサービスの提供を開始した背景として最も重要なことは、現在、証券取引所やPTS(私設取引システム)の取引システムのスピードがかつてと比べると異常なほど速くなっているということです。以前の投資家は板を目で追って、そこから得た情報をもとに注文を組み立てていましたが、コンピューターの処理速度の向上や高頻度取引(HFT)の普及によって、もはや人間の能力でそうしたことをするのは不可能な状態になっています。そこを補完するのがアルゴリズム取引なのです。実際に、今では大手金融機関に属するようなプロのトレーダーは、必ずと言っていいほどアルゴリズムを利用した自動売買によって取引をしています。

 そこで、三菱UFJフィナンシャル・グループの戦略的パートナーであるモルガン・スタンレーの顧客である機関投資家が、実際のトレードで使用しているシステムを個人投資家に開放すれば、日本の個人投資家にもプロに近い環境を提供することができ、大きなメリットをもたらすことができるのではないかと考えたのです。

──御社はわが国のネット証券をリードしてきた旧・カブドットコム証券が三菱UFJフィナンシャル・グループ(以下、MUFG)の完全子会社となり、今年2月に再スタートを切っています。このサービスはグループの総合力があるからこそ実現したということもありますか。

 はい、そのとおりですね。機関投資家が求めるレベルのものを自社で構築することもできるのですが、せっかくモルガン・スタンレーという世界トップクラスの証券会社と近い関係にあるのですから、それを生かさない手はないという思いから、このサービスを開始したのです。モルガン・スタンレーが機関投資家向けに提供する別のサービスも必要に応じて新たに加えていきたいと考えております。

常時監視と同時到着、モルガン・スタンレーならではのSOR注文システム

──では2つのシステムの機能を簡単に説明していただけますか。まず「MS SOR注文」についてお願いします。

 全体としては、まず「MS SOR注文」を利用していただき、「アルゴ注文」で補完するというイメージです。一般的に、SOR注文とは、東証などの証券取引所とともに、複数の私設取引所にも同時に注文を出し、最も良い条件の取引所に注文を自動的に回すというシステムで、プロのトレーダーの間では、当たり前のように使われています。ネット証券各社もこのサービスを提供していますが、当社が今回提供する「MS SOR注文」は、モルガン・スタンレーが独自に開発したシステムで、他社が提供する取引システムとはいくつかの大きな違いがあります。

 各取引所に向けて同時に発注を出すところまでは他社のSOR注文と同じですが、「MS SOR注文」の大きな違いは、同時発注だけではなく「同時到着」を目指す機能と、注文を出した後も各取引所の状況を監視し続ける「常時監視」機能がある、というところです。

 「同時到着」がなぜ、重要なのかという理由は、個人投資家が各取引所に同時に注文を出したとしても取引所によって通信環境が違い、実際に注文が届くタイミングには、ほんのわずかな時差が生じることにあります。このため、プロのトレーダーの間では、この差を利用して先回りの取引をして利ザヤを得る「レイテンシーアービトラージ」(通信時間差を利用した裁定取引)という手法が一般化していて、個人投資家が約定する前に取引されてしまうということが起こるのです。そこで、「同時到着」機能があれば、各取引所に注文が到着する時間に差がないため、こうしたプロの取引の影響を防ぐことができるのです。

 また、「常時監視」機能のメリットは、より分かりやすいかもしれません。通常のSOR注文では、最良気配値を出した一つの取引所に注文を出します。そこで約定できれば何の問題もありませんが、いまのプロが使用するトレードシステムでは、秒単位はおろかマイクロ秒(100万分の1秒)単位で取引がなされるのが当たり前の世界になっています。したがって、個人投資家が注文をしたとしても、一瞬の遅れで約定できずに注文が取り消されてしまうというケースが少なからず発生します。

 一方、「MS SOR注文」では、約定しなかったとしても注文が取り消されず、各取引所の板情報を監視し続けて、次に最良気配を出してきた取引所への注文に自動的に切り替えるのです。つまり、一回の注文執行で終わるのではなく、最も良い条件を目指して継続的に注文を出すことができるので、約定率の向上が期待できるわけです。この2つの機能は、世界中の金融機関との激しい競争を繰り広げるモルガン・スタンレーだからこそ開発できたシステムで、これらを個人投資家が利用することの意味は大きいと思います。

プロ御用達の7つのアルゴリズムを厳選

──「MS SOR注文」は、モルガン・スタンレーならではのSOR注文システムなのですね。では次に「アルゴ注文」について説明してください。7つのアルゴリズムを選択できるということですが。

 まず、「ステルス」という手法があります。これは注文自体を板に載せずに待機させ、条件の合う価格になった段階で初めて注文を執行するという手法です。板を見る売買に慣れた投資家の方は理解しやすいと思いますが、この手法では指値で出した注文が板に載らないので、他の投資家に影響を与えることなく取引ができるのです。自分のペースで取引をしたい投資家にとっては最良の取引手法と言え、分かりやすさもあって現時点で「MS SOR注文」を利用されている弊社のお客さまの間では、最も利用数の多いアルゴリズムです。

 ただし、ステルスは板に注文を一切載せない特性から、自分の注文をきっかけに反対サイドの注文(たとえば、買い注文に対する売り注文)が出てくることもありません。その結果、特に取引量の少ない銘柄では約定率が下がる可能性があります。その欠点を補うのが「アイスバーグ」で、これは文字どおり、「氷山(アイスバーグ)の一角」を板に載せるという手法です。「ステルス」は自分の注文を一切、板に載せませんが、「アイスバーグ」は注文の一部、例えば1000株の買い注文を出したとしたら、200株だけ板に載せる、といったことができるのです。

──他の投資家との距離感を使い分けるアルゴリズムということでしょうか。この2つは比較的、分かりやすい取引手法です。

 一方で、市場の動向に応じて取引手法を変えていくアルゴリズムもあります。一つは東証の板の動きを追って、それに応じて常に最良価格で注文を出す「ペッグ」という手法です。もう少し具体的に説明すると、例えば買い注文を出す場合、常に最良買い気配(買い手にとって有利な気配、買い気配の先頭に当たる株価)を感知し、常にその価格で注文を出していきます。成行注文では、注文自体が市場に影響を与えてしまい、意図しない価格で約定してしまうこともありますが、相場の流れに応じて常に最良価格で注文できるこのアルゴリズムを使えば、そうした心配は必要ありません。

 さらに「ダークプール」という手法は、モルガン・スタンレーが独自に運営している私設取引システム、「MSプール」にだけ、注文を出す手法です。いわゆるダークプールと言われる私設取引所の注文は板には表示されませんので、その意味では「ステルス」に近い部分もあります。注文方法は指値か、あるいは、東証の「ミッド・プライス(Mid Price=売り買い最良気配の中間値)」に注文を追随させる「ペッグ」か、どちらかを選ぶことができます。

 これまで挙げた4つの手法は、いずれも個人投資家が小口で投資することができる手法ですが、大口注文に有効な手法もあります。大口注文の場合には、注文自体が市場にインパクトを与えてしまい、スムーズに約定させるために注文を小出しにしていかなければならないのですが、それでも売買代金の急激な反動などで、思ったような価格で約定することができないという事態も発生します。これを防ぐために当社では、3つのアルゴリズムを提供しています。最もシンプルな「TWAP(ティーワップ)」は、指定した時間内で均等に注文を出す手法です。例えば10時30分から15時30分までに1万2000株の注文を出す場合に、4時間を20分ごとに12分割して、毎回1000株ずつ買う、というような手法です。市場にインパクトを与えずに、自分の平均約定価格を、できるだけ、当日の市場平均価格に近づけるという戦略です。

 それに対して「POV(ポブ)」は市場の出来高に応じて、予め指定した一定の比率の注文を出すという手法です。例えば出来高の20%と指定すれば、1万株の出来高がある時間帯には2000株の注文を出し、出来高が5000株に減れば1000株の注文を出す、といった形です。市場の流動性に合わせて自然に取引するという戦略となります。

 「リバージョン」は、発注する注文の大きさや市場の出来高に応じて、円滑に注文を執行するための適切なスケジュールを自動で設定します。さらに、株価が発注時の価格を基準として有利な方向に動いた場合は注文執行のペースを上げ、不利な方向に動いた場合は執行ペースを遅らせるといった調整を自動で行います。「POV」は投資家が予め出来高に対する注文に比率を指定しますが、「リバージョン」はアルゴリズムが自動的に注文数を調整していきます。

 いずれにせよ、これらの「アルゴ注文」はあくまで「MS SOR注文」のオプションとして利用していただきたいと考えています。「ダークプール」と「ペッグ」は特定の取引所への注文ですが、他のアルゴリズムは「MS SOR注文」と併せて使えば、それぞれの戦略に基づいて、最良の取引所が自動的に選ばれることになります。

すべての個人投資家にとってメリットが大きいシステム

──ただ、経験のある個人トレーダーはともかく、一般の個人投資家にとっては自動売買やアルゴリズム取引は難易度が高いというイメージがあります。具体的にどのような投資家に使ってもらいたいと考えていますか。

 確かにそういった認識をされている方も少なくないかもしれませんが、この2つの機能は、誰もが簡単に使えるようにユーザビリティー(操作性)も工夫しています。実際に使ってみるとそれほど難しいものではないはずです。

 「MS SOR注文」にしても、「アルゴ注文」にしても、プロのトレーダーはシステムのことを理解するまでもなく、誰もが自然に使っています。「MS SOR注文」は東証だけではなく他の取引所も注文対象に加えてより良い条件で注文を行うという、利用する側にとっては分かりやすい仕組みだと思いますし、「アルゴ注文」はモルガン・スタンレーのシステムの中から、どのような投資家にとっても最も使いやすいと思われるアルゴリズム7つを厳選しています。

 あと、よくあるのは、アルゴリズム取引は短期投資家が行うものではないかという誤解です。そんなことはありません。例えば機関投資家には、短期の投資家もいますが、もちろん長期投資家も数多く存在します。そして、どちらの投資家もアルゴリズム取引を行っています。1円でも良い条件で取引したいと考えるのは、短期でも長期でも、すべての投資家共通の思いですからね。

──なるほど。その点は確かに多くの投資家が誤解しているかもしれません。では最後に「株探」ユーザーである全国の個人投資家に向けて、伝えきれていないことなどがあればお話しください。

 私はモルガン・スタンレーMUFG証券などの外資系の大手金融機関でキャリアを積み、昨年から個人投資家向けのネット証券である当社に移籍しました。外資系の会社に勤務していた頃から常々、感じていたことは、日本の個人投資家は機関投資家に比べて不利な条件での投資を強いられているということでした。

 にもかかわらず、世界的に見ても日本の個人投資家は活発です。そんな中で、個人投資家の皆さんにも機関投資家と同等な取引環境で投資をしてもらうためにはどうすればいいか、そう考えて開始したのが今回のサービスなのです。確かに多くの投資家にとっては、プロが使用しているツールというと、ハードルが高く感じられるかもしれません。しかしながら、すべての投資家に長期的に資産を形成してもらうことが当社のミッションです。個人投資家の皆さんが使えないようなサービスであれば、やっても意味がありません。個人投資家の皆さんでも使える、また、これにより、できるだけ投資のリスクを抑え、利益を最大化できるシステムを提供できたのではないかと思っております。

 モルガン・スタンレーのお客さまは大口の機関投資家がメインで、こうした高性能の取引システムを個人投資家が使う機会はこれまでありませんでした。MUFGとモルガン・スタンレーとは強固な協力関係が築かれています。だからこそ、この個人投資家にとってもメリットが大きい、プロ仕様のシステムを提供することができるようになったのです。ですから、個人投資家の皆さんには、この機会をチャンスだと捉え、この2つの注文システムを試していただきたいと思います。利用していただければ、確実にこれまでより良い条件で取引をすることができるということが実感できるはずです。

豊田智洋氏(三菱UFJ eスマート証券 取締役専務執行役員)

豊田智洋(とよた・ともひろ)

三菱UFJ eスマート証券株式会社取締役専務執行役員 1991年8月、A&Iシステム入社。その後、リーマン・ブラザーズ証券、ナットウエスト証券(現ナットウエスト・マーケッツ証券)、ドイチェ・モルガン・グレンフェル証券を経て、98年5月にモルガン・スタンレー証券(現モルガン・スタンレーMUFG証券)に入社。2000年12月よりヴァイスプレジデント、03年12月よりエグゼクティブディレクターを歴任。24年11月に三菱UFJ eスマート証券専務執行役員、25年1月に取締役専務執行役員に就任。現在に至る。

三菱UFJ eスマート証券

1999年に設立され、日本のネット証券黎明期を担ったカブドットコム証券が前身。19年にKDDIと三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)の共同出資でauカブコム証券に改称、25年1月に三菱UFJ銀行の100%子会社となり、同年2月に現社名となる。MUFGグループ唯一のインターネット専業証券として、国内株式、外国株式、投資信託、NISA(少額投資非課税制度)、FX(外国為替証拠金取引)、CFD(差金決済取引)、先物・オプション取引、国内外債券など様々な投資商品を取り扱う。MUFGグループの総合力を生かし、三菱UFJ銀行、三菱UFJカードと連携したサービスを推進するとともに、モルガン・スタンレーの開発基盤をもとにしたSORやPTS接続システムの強化にも注力。国内最大規模の金融グループの一員として、ネット証券大手の地位を確立している。