株式アナリストの鈴木一之です。今月から「鈴木一之のHOTな銘柄、COOLな銘柄」というコーナーを担当することになりました。どうぞよろしくお願いいたします。
このコーナーは、過去1か月間を通して株式市場で大きく上昇した銘柄、あるいは下落した銘柄をリストアップして、その理由や背景を探るものです。
「HOTな銘柄」とは、大きく値上がりした銘柄を指します。
「COOLな銘柄」とは値下がりの目立った銘柄です。値下がりはしているものの、その分だけ次の反転上昇のタイミング、投資のチャンスに近づいていることを意味します。
「COOLな銘柄」という名前にはそのあたりのニュアンスも含まれています。
今回の前編では9月の振り返りと「HOTな銘柄」をご紹介いたします。
後編では「COOLな銘柄」をご紹介します。
それではさっそく9月の動きを見ていきましょう。
9月相場の振り返り
2020年9月の株式市場は、日経平均株価の月間の値動きは、終値ベースの比較で上下わずか+46円という小さな上昇にとどまりました(8月末の23,139円→9月末には23,185円に)。
上昇率では+0.19%という微小な値動きです。
これほどの小さな変動幅は2017年12月までさかのぼらないとありません。
それほどの小さな値動きです。
しかし実際には中身の濃い、波乱に富んだ内容の相場つきとなりました。
9月相場を詳しく見るには、8月相場から説き起こさなくてはなりません。
8月は記録的な暑さとなりました。
コロナウイルスよりも熱中症の方が警戒された8月末。
安倍晋三首相が佐藤栄作首相の持つ在任記録(2798日)を半世紀ぶりに塗り替えた直後に、突如として辞任を表明しました(8月28日、金)。
上から下への大騒ぎのうちに自民党総裁選に突入して、新しい首相には官房長官だった菅義偉氏が圧勝のうちに選ばれました。
8年近く続いた「アベノミクス」の看板が「スガノミクス」にかけ替えられた瞬間です。
9月相場はこのようなドタバタのうちに幕を明けたのです。もう少し8月の様子を見ておきます。振り返れば8月は、世の中全体が異例づくめの展開でした。
4-6月に世界中が新型コロナウイルスへの感染防止策として都市封鎖(ロックダウン)を行いました。
その経済的な影響がGDP統計として初めて現われたのが8月です。
日本は過去最悪の▲27.8%(年率換算)という落ち込み幅でした。
その一方で、米国ではアマゾン・ドットコム、アップル、マイクロソフト、テスラに代表されるプラットフォーマーたちが、コロナ危機下で驚くほどの高収益を稼ぎ出したこともわかってきました。
ネット通販、オンライン会議システム、サブスクリモデルの動画配信、在宅勤務を支えるクラウド、チャットワーク、オンラインゲーム、電気自動車。
コロナ時代には人との接触が制限され、そのすき間をデジタル技術が埋めてゆきます。
コロナウイルスが最新テクノロジーによるデータ資本主義への移行を加速させることとなり、米国のNASDAQは連日のように史上最高値を更新しました。
8月から9月にかけて、米国でもごく限られたテクノロジー株が急騰を続けましたが、日本で同じような現象が現れたのがマザーズ市場です。
東証マザーズ指数は5月には早々と年初来高値を更新し、8~9月は一本調子に上がり続けました。
とうとう10月には2018年2月以来の高値まで到達し、マザーズの時価総額は史上最高を更新するまでに至りました。
マザーズ市場の活況を後押しするもうひとつのサポート要因が「スガノミクス」です。
9月14日に行われた自民党総裁選によって、菅義偉氏が首相の座に就きました。
「アベノミクス」を継承する「スガノミクス」がを早々と提唱され、その目玉政策に「デジタル庁の創設」と「地方創生」、それに「規制緩和」が最重要課題として打ち出されたのです。
書類のデジタル化、押印の廃止がさっそく進められ、オンライン診療の恒久化、ビッグデータの活用なども着手されようとしています。
アベノミクスで手つかずのまま残された成長戦略は、スガノミクスの下では官公庁のたて割り行政、たこつぼ現象を打破する規制緩和策として、新たな刺激を日本経済に与えつつあります。
9月相場のHOTな銘柄
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以上のような流れに立って、9月相場の「HOTな銘柄」はふたつです。
ひとつは、DX関連株(デジタル・トランスフォーメーション関連株)、もうひとつが「スガノミクス」関連株です。
そのほかにも、住宅関連株(在宅勤務の定着、広がり)、人材派遣、介護関連株(経済活動の再開期待)、出遅れ銘柄(バリュー株と出遅れグロース株)などの流れが生じていますが、ここではふたつだけ述べます。
(1)DX関連株(デジタル・トランスフォーメーション関連株)
「デジタル・トランスフォーメーション」が物色テーマとして急速に膨らみを持ちつつあります。
DXとは、デジタル技術を活用して既存のビジネスを合理化、効率化して、生産性を高める、組織を変革するという現在の産業界のビジネストレンドです。
いまやDXという用語に触れない日はないほどです。大きな書店にはDXに関する書籍が平積みされています。
これらに関連する銘柄が、9月の月間騰落率の上位を占めています。
【月間値上がり率】
第3位:ラクーンHD(3031)+65.1%
第7位:エル・ティー・エス(6560)+50.2%
第9位:マネジメント・ソリューションズ(7033)+47.4%
ラクーンHD(3031)は企業同士の電子取引である「スーパーデリバリー」を運営しています。
「スーパーデリバリー」はメーカーと小売店を直接結びつけて、商取引を完結させる機能があります。
ラクーンが代金の支払いと回収を代行することで、企業間の信用を補完し、受注と発注を円滑にもします。
ラクーンHDの株式公開は2006年で、すでに公開から14年が経過しています。
今や老舗の風格も備えていますが、昨年からは海外向けにも同じサービスをリリースしており、それが国境をまたいだ移動を禁止するコロナ禍で威力を発揮しています。
エル・ティー・エス(6560)は「ビジネスプロセスマネジメント」を主軸としたコンサルティング会社です。
今年7月にマザーズから東証に市場変更したばかりです。
ビジネスプロセスマネジメントとは、クライアントの事業構造を「見える化」して、どこに生産性を低下させている要素があって、トラブルはどの部分で発生しやすく、クライアントのビジネスのどこをどのように改善すればよいのか、具体的な手法をアドバイスするビジネスです。
マネジメント・ソリューションズ(7033)も、企業のマネジメントを専門とするコンサルティング会社です。
マネジメントの能力を高めるためのソフトウェアを提供するなど、クライアントの事業改善、変革をサポートします。
このほかにも値上がり銘柄の中には、第10位にショーケース(3909):Webサイトの最適化技術、第12位にオーケストラHD(6533):デジタルマーケティング技術の提供、が登場します。
第22位にはエイトレッド(3969):組織改編、部門間の統廃合、決裁業務のペーパーレス化など社内業務を効率化するワークフローの提供、の名前も見えます。
これらはいずれも企業の内部改革をサポートするサービスが中心の企業です。
それが一斉に大きく株価を伸ばしています。まさにDX関連相場と言ってもよいでしょう。
DXは組織の仕組みを根底から変えることを意味します。
それは決して簡単なことではありません。
労力を抑えていかにDXを実施するか。それで成果を挙げてゆくのか。
リモートワークは通勤時間を短縮でき、それで仕事の効率をあげることができますが、その効率をどのように人事評価につなげてゆくのか。
大企業であれば社内に有するリソースでそれらの困難さを克服することができるかもしれません。
しかし中堅・中小企業や零細企業は人材やノウハウが備わっていないケースが多いものです。
そこに上記に挙げたのようなDX関連企業のノウハウやサービスが活きてきます。
デジタル技術を活用したい企業に対して、デジタル技術やノウハウ、人材を提供できる企業の評価が株式市場では急速に広がっている様子が見てとれます。
(2)「スガノミクス」関連株
「スガノミクス」とは菅義偉新首相が推進する経済政策です。そこで中心となるのが規制緩和と構造改革です。
第4位:福島銀行(8562)+58.4%
第6位:富山銀行(8365)+50.7%
9月は地方銀行株の上昇が目立ちました。
菅首相は、自民党総裁選の最中から「日本は地銀の数が多すぎる」という地銀再編論を強調していました。
それが地法銀行の株価を刺激する格好の材料となっています。
値上がり上位にはこのほかにも、
第40位:長野銀行(8521)+30.1%
第44位:みちのく銀行(8350)+29.6%
第53位:高知銀行(8416)+28.1%
などが登場します。
地銀は各県に複数存在します。長年にわたって地元の産業界の頂点に君臨し、メインバンク制を敷いて狭いエリアの中で競争を続け、小さなパイを分け合ってきました。
構造不況業種と言われながらも、淘汰はほとんど進んでおりません。
しかしそのような業界慣行も、次第に許容度が少なくなっています。
現在の金利水準では預貸利ザヤ(預金金利と貸出金利とのスプレッド)が稼げる状況ではなく、しかもこのような超低金利利は予想以上に長期化すると見られます。
地銀の経営がこの先、ますます行き詰まるだろうと誰もが考えています。
スガノミクスと言えども地銀の統廃合がどのような形で実現するのか、現在の時点では具体的な形はまるで見えません。
あくまで期待先行で株価が上昇しています。今後の展開が待たれるところです。
スガノミクスのもうひとつの目玉政策が、官公庁のデジタル化の推進、「デジタル庁」の創設です。
省庁のデジタル化は今に始まったことではありません。
すでに最初の構想から20年以上が経過しています。
しかし霞が関のデジタル化はまったく進んでおりません。
それが図らずも露呈してしまったのが、特別定額給付金の一件です。
新型コロナウイルスへの経済対策として、今年4月に国民1人当たり10万円を非課税で支給する「特別定額給付金」が設けられました。
その申請手続きのほとんどすべてが手作業で進められたという信じられない事実が明らかになりました。
これが安倍政権が推進したアベノミクスの負の一例でもあります。
コロナウイルスはこれまで隠されていたもの、目をつぶって見ないふりをしてきたもの一切を明らかにしてゆきます。
これこそが各省庁の縄張り争い、タテ割り行政、いわゆる「たこつぼ化」、既得権益層の温存です。
日本の「デジタル・ガバメント」の現状はここまでおそまつなのかとあきれられると同時に、信じられないような現実が強烈なショック療法となって、菅政権において省庁のデジタル化が今度こそ本気で進められるという政策期待につながっています。
値上がり率の上位には
第5位:サイバーリンクス(3683)+52.3%
第8位:アイモバイル(6535)+47.6%
第25位:サイネックス(2376)+35.7%
が登場しました。
サイバーリンクス(3683)は、スーパーなどの小売業界向けに日々のPOSデータを集計・分析する流通・食品・小売業向けクラウドシステムです。
合わせて官公庁・自治体向けの基幹業務、情報系システムの構築も行っています。
アイモバイル(6535)は、Web内やアプリ上でよく見かける広告を配信する国内最大規模の広告ネットワークです。
それと同時に、ふるさと納税サイト「ふるなび」の運営を通じて、自治体のふるさと納税を支援する事業を展開しています。
サイネックス(2376)は、行政情報誌の発行からシティセールスのプロモーション、Webでの観光地の集客、そしてふるさと納税代行など、地方創生プラットフォームを標榜しています。
多岐にわたる地方創生ビジネスを行っています。
このほかの物色テーマとしては、リモートワークの定着によって住宅関連株がにぎわっています。
第20位:グッドコムアセット(3475)+36.8%
第63位:ニチハ(7943)+26.1%
在宅勤務の広がりは一過性のものではないそうです。
通勤の必要性が薄れ、20~40代の若い世代が第一次取得層として大都市を避け、地価と物価の安い郊外に戸建て住宅を求める例が増えていることと関連しています。
あるいは人材派遣、介護関連株も健闘しました。
第2位:キャリアリンク(6070)+119.4%
第67位:ヒト・コミュニケーションズ(4433)+25.3%
コロナ危機で停滞していた経済の再開が進み、停止されていた製造業の工場再稼働が始まっていることと関連していると見られます。
自動車業界はいまもって厳しい経済環境に置かれていますが、「コロナ後の世界経済」を見すえて、各国がエコカーの導入を急いでいることは疑いの余地はありません。
自動車メーカーとして新型エコカーの開発競争に乗り遅れるわけにはいかない、という点が人材派遣各社の株価を刺激している可能性も考えられます。
鈴木一之
株式アナリスト
1961年生。1983年千葉大学卒、大和証券に入社。
1987年に株式トレーディング室に配属。
2000年よりインフォストックスドットコム、日本株チーフアナリスト
2007年より独立、現在に至る。
相場を景気循環論でとらえるシクリカル投資法を展開。
主な著書
「賢者に学ぶ 有望株の選び方」(2019年7月、日本経済新聞出版)
きっちりコツコツ株で稼ぐ 中期投資のすすめ」(2013年7月、日本経済新聞出版社)
主な出演番組
「東京マーケットワイド」(東京MXテレビ、水曜日、木曜日)
「マーケット・アナライズplus+」(BS12トゥエルビ、土曜13:00~13:45)
「マーケットプレス」(ラジオNIKKEI、月曜日)
公式HP
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