フラッシュクラッシュとは
フラッシュクラッシュとは、金融市場において急激な価格変動が一瞬のうちに発生し、その後、価格が変動前の水準に急速に回復する現象を指します。
何の前触れもなく数秒から数分の間に起こり、通常では考えられないほどの価格変動が一時的に発生する点で通常の「暴落」とは区別されます。
また、流動性が低い時間帯に発生することが多いのもフラッシュクラッシュの大きな特徴です。価格の変動というと下落のイメージがありますが、フラッシュクラッシュの場合、暴騰してその後暴落するというパターンもあります。
そして、フラッシュクラッシュが起こると、その後の市場に対する信頼性を揺るがす事態にもなり得ます。
フラッシュクラッシュが起こる主な要因として、アルゴリズム取引や超高速取引(HFT:High-Frequency Trading)の普及が挙げられます。
アルゴリズム取引とは、コンピュータープログラムが市場の変動に基づいて自動的に売買を行うシステムです。人間の手動操作とは異なり、極めて高速に、数百回から数千回の取引をわずか数秒間に行うことが可能で、プログラムによってはこの高速での取引(いわゆる超高速取引)が行われています。
超高速取引はわずかな値幅を狙って瞬時に取引を行うため、スピードが重視されます。通信速度を上げるためにネットワーク回線を高速化する海底ケーブルを敷設する業者まで現れるほどです。
では、なぜアルゴリズム取引や超高速取引がフラッシュクラッシュの原因とされているのでしょうか?
現在の金融市場では、多くの取引がアルゴリズムによって自動化されています。そのため、アルゴリズムの売買注文の条件に一致する出来事が発生すると、その条件を設定しているプログラムが同時に大量の注文を実行します。
しかも高速で膨大な注文が出されるため、市場は短期間で大きく下落(上昇)することがあります。さらに、その下落(上昇)により、当初の条件だけでなく他のプログラムも反応して、大量の注文が連鎖的に発生し、下落(上昇)がより加速したり、影響が広範囲に及んだりするのです。
その発端となる出来事はさまざまです。たとえば、銀行のトレーダーが誤って大量の売り注文を出した場合、それにアルゴリズムが反応してフラッシュクラッシュを引き起こすことがあります。
通常、金融市場では売り手と買い手がバランスよく存在しているため、ある程度の注文は吸収され、取引は安定します。しかし、フラッシュクラッシュでは一方的に売り注文(もしくは買い注文)が急増するため流動性がなくなり、注文が成立せずに急激な価格変動を引き起こします。特に注文が少ない時間帯(早朝など)に発生しやすいとされています。
フラッシュクラッシュの原因は複雑な条件が絡み合っているため、はっきり解明されていない部分も多く、金融専門家の間でも共通の見解は得られていないのが現状です。
ただ、多くの場合、トリガーとなる要因があり、それに対して多くのアルゴリズム取引システムが注文を出し、自動売買システムがどんどん反応して大幅な値動きになります。そして、それは、特に流動性が少ない市場で起こるということです。
過去に起こったフラッシュクラッシュの例
下表は過去のフラッシュクラッシュの事例です。為替市場のほうが株式市場よりも頻発しており、FX取引をしている人は損失を被った経験があるかもしれません。
<フラッシュクラッシュの事例>
【代表的な事例】
・ 2019年1月3日:オーストラリアドル/円
このころはちょうど米中貿易戦争の緊張感が高まっていたため市場が不安定であったところに、アップルの業績下方修正の発表があり、
それがトリガーになったともいわれています。オーストラリアドルが対円で8%以上も急落、米ドルに対しても大きな下落をしましたが、
その後、比較的短時間で価格が戻りました。日本の正月休み中で流動性が少なかったことが価格変動を大きくした要因と考えられています。
・2016年10月7日:イギリスポンド/ドル
イギリスポンドが対ドルでわずか数分の間に6%以上急落し、その後ある程度回復しました。この急落は、EU離脱に伴う不安定要素が原因とされていますが、急落を加速させたのはアルゴリズム取引の暴走と考えられています。また、アジア市場の取引時間中であったため、通常より取引量が少ない、つまり流動性が低い状況で起こりました。
・ 2010年5月6日:ダウ工業株30種平均
このときの米国株式市場のフラッシュクラッシュは、「フラッシュクラッシュ」という言葉が広く認知されるきっかけとなりました。
米国の主要株価指数であるダウ工業株30種平均がわずか数分で9%下落し、その後20分以内にほぼ元の水準に戻るという異常な値動きが起こりました。ある大口投資家が大量の売り注文を短時間で実行したことがトリガーとされています。この大規模な売り注文により市場参加者がパニックに陥り、アルゴリズム取引のシステムもこれに反応して売りが売りを呼ぶ展開になり、パニックにつながりました。
このようにさまざまな市場で、さまざまな要因でフラッシュクラッシュが起こっており、普段であれば急激な値動きの要因になる内容ではないものの、いくつかの要因が絡み合ったときに発生するのがフラッシュクラッシュなのです。
フラッシュクラッシュに備えるには?
フラッシュクラッシュは、前述の通り、はっきりとした原因が明らかになっているわけではありませんので、対策が難しいのが現実です。
とはいえ、フラッシュクラッシュは市場のシステム的な弱点とされているため、市場全体でもできうる対策が行われています。
たとえば、日本の株式市場では図表2のような「値幅制限」があり、1日の売買における値動きの幅を一定に制限することで、急激な価格変動をある程度抑えることができます。たとえば、前日の終値が6,000円の株式は、制限値幅1,000円により当日は5,000円までしか下がらない(ストップ安)という仕組みです。
<国内株式における値幅制限>
また、「サーキットブレーカー」という制度もあります。これは、株式市場や商品取引市場などで相場が急激に動いた際、取引を一時的に停止する制度で、国によって条件は異なりますが、サーキットブレーカーが発動すると取引が数十分間中断され、場合によってはその日の取引が終了することもあります。
日本では、株式取引には発動されず、先物・オプション取引のみが対象です。2024年8月5日、日本株式が急落した際、日経平均先物やTOPIX先物にサーキットブレーカーが発動されました。米国ではブラックマンデーを教訓にNY証券取引所が導入し、現在はNASDAQでも採用されています。
これらの対策は、人々の過熱感や恐怖感による株価の暴騰・暴落を防ぐための制度ですが、フラッシュクラッシュの対策としても有効です。アルゴリズム取引は市場規模を問わず大量の注文を高速に発注するため、取引停止が現状の対応手段の一つとなります。
では、個人としてはどのような対策をしておけばよいでしょうか?
・長期の視点での投資
長期投資を行っている場合は一時的な価格変動を気にしすぎないことです。資産が急激に減少しても、長期的な運用であることを思い出し、耐えることも必要です。
・ストップロス注文の活用
自分が許容できる損失の価格を設定し、そこまで下落した場合に自動的に売却注文を出す「ストップロス注文」を活用する方法です。ただし、一瞬の下落のタイミングにおいて最安値で売却してしまう可能性もあるので、元に戻る可能性も考慮して設定することが大切です。
・長期休場の場合は現金化しておく
日本市場が長期休場する正月休みやお盆休みなどは流動性が低下しやすく、フラッシュクラッシュが発生しやすい状態になります。短期取引をしている場合は、ポジションを減らして現金化しておくことも一つの方法です。
フラッシュクラッシュのような、急激な価格変動に対しては慌てないことが重要です。「暴落して急騰」、「急騰して暴落」が短時間で起こるため、慌てると一番悪いタイミングで売るもしくは買うことになる可能性があります。
上記で説明したように、市場には万能とはいせませんが、急激な価格変動に備えたシステムがあるということを知っておくだけでも冷静になれますし、特に短期での値動きを追っているのでなければ(デイトレードや信用取引ではないなら)、自分の運用スタイル(長期運用)を思い出して、落ち着いた判断をするように心がけてください。